英数学院だより(2026.2月号)
受験は初めての成功体験を掴む絶好の機会
剣豪の宮本武蔵は60余回戦って一度も負けたことがないそうです。なぜ、負けなかったのか。
1つには勝てない勝負をしなかったからです。相手の状況と分析、試合会場の地の利を考え、決して勝てる試合しかしませんでした。同時代の剣豪として知られる柳生宗矩(やぎゅうむねのり)とも戦っていません。吉岡一門数十人との戦いも、必ず勝てるという状況(場所)の確証を持って戦いました。有名な巌流島(がんりゅうじま)の決闘では、相手の佐々木小次郎が「物干し竿(ざお)」と呼ばれる長大な太刀(たち)を使うと知り、舟のオール(櫂(かい))を削って長い木剣で戦いました。気が短いという情報もリサーチして、敢えて遅刻しました(他に「燕(つばめ)返し」封じもあります)。「今度ばかりは勝てないだろう」と周囲に思われたことあったでしょう。しかし、自身の直感を信じ勝利を確信すると、入念すぎるほどの準備を怠りませんでした。もちろん命のやり取りです。常識を超えた練習量の賜(たまもの)があってのことです。毎日数千本の素振りや負荷の高いトレーニングを欠かしませんでした。
そんな武蔵も初めての試合はどれだけ緊張したでしょう。13歳のとき、有馬喜兵衛(ありまきへえ)という兵法者との試合。真剣での勝負だったにも関わらず、有馬を取っ組み合いで投げ飛ばし、近くの河原の石(または木の棒)で頭部を強打して勝利したそうです。少年武蔵は無我夢中でした。想定外の勝利とも言えましょう。「勝負とはきれい事よりも勝つこと」を学んだのです。もし、この試合で彼が敗れていたら(仮に生きていたら)、その後の連勝記録は果たしてあったでしょうか。
初めての困難はその後の試練を乗り越えるのに、大きな力や経験となります。「あのとき乗り越えられたのだから、今度だってきっと」という自信につながります。故に、最初の経験は多少親心が勝って、勝たせてあげたいというのが私の本心です。ただし、「楽をして勝つ」というものではなく、「頑張れば、乗り越えられる」程度が良いかと思います。無謀な挑戦というのは、長い人生の中で1度や2度は経験してもいいと思いますが(もちろん努力はしてです)、最初の挑戦にはお薦めできません。
私は、皆さんが初めての受験で失敗し「努力しても報われないんだ」と学問(=生きる希望)で思わせたくない気持ちが心なしかあります。たとえ起きている時間すべてを勉強に費やしたとしても、その条件がなければ勝てないのです。まして、公立高校受験は受験者の条件がそれぞれ違います(主に内申点の違い)。長い人生を考えた場合、あなたが受験後も何らかの形で学び続け、生きがいを感じられるような仕事ややりがいに巡り合い、楽しく生きていけることが最も大切ではないかと思います。
人生は長い。受験は一時ですが、その後の人生に与えるは影響は計り知れない。受験後の人生のほうが長いゆえに大切なのです。そう考えた場合、“努力が報われる初めての成功体験”をいつ、どのように積むか。ロングスパンで考えて選ぶのは、あなたです。よって無謀な戦いには賛同できません。何十年と受験に向き合ってきた私たちは、奇跡が起こりうる可能性すらうっすら分かっています。
1つの挫折で、大きく人生を狂わせてしまうことだってあります。それが原因で、以降学ぶことすら止めてしまいかねない。初めての挑戦なら尚更です。「不合格」という烙印がどれだけその後の人生に重くのしかかるか。実際に目にし耳にすると自分を否定してしまう材料になりかねない、夢想だにしないものなのです。
自分という人間を、自身が置かれている状況を一番知っているのは、あなた自身です。自分と(当然日頃ごろ)サポートしてくださっている家族とも)しっかり向き合って、進路を考えていきましょう。
「選択」とは、それくらいの覚悟が必要だということを忘れないで欲しいと思います。


